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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)320号 判決 1998年3月19日

東京都渋谷区幡ヶ谷2丁目44番1号

原告

テルモ株式会社

代表者代表取締役

和地孝

訴訟代理人弁護士

土肥原光圀

埼玉県浦和市元町2丁目24番11号

被告

ハナコメディカル株式会社

代表者代表取締役

植田裕弥

訴訟代理人弁理士

中島幹雄

岩間芳雄

主文

1  特許庁が平成6年審判第16814号事件について平成8年11月7日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

(1)  原告は、発明の名称を「カテーテル用ガイドワイヤ」とする特許第1664871号発明(昭和58年6月27日願書提出、昭和62年12月29日手続補正書提出、平成元年1月11月24日手続補正書提出(以下「本件補正」という。)、平成2年2月13日出願公告決定、同年5月29日出願公告、平成4年5月19日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、平成6年10月7日、原告を被請求人として本件発明について無効審判を請求し、特許庁は、同請求を平成6年審判第16814号事件として審理した上、平成8年11月7日、「特許第1664871号発明の特許を無効とする。」との審決をし(以下「本件審決」という。)、その謄本は、同年12月2日原告に送達された。

(2)  原告は、平成8年12月17日、本件発明の明細書の訂正審判を請求し、特許庁は、同請求を平成8年審判第21159号事件として審理した上、平成9年6月24日、「特許第1664871号発明の明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。」との審決をし(以下「本件訂正審決」という。)、その謄本は同年7月30日原告に送達され、本件訂正審決は確定した。

2  本件訂正審決前の本件発明の特許請求の範囲第1項

本体側内芯部と先端側内芯部とによって内芯を形成するとともに、該内芯の略全体を被覆部によって被覆してなるカテーテル用ガイドワイヤにおいて、本体側内芯部と先端側内芯部の少なくともいずれかを超弾性金属体によって形成するとともに、被覆部の外径を長手方向に同一とすることを特徴とするカテーテル用ガイドワイヤ。

3  本件訂正審決後の本件発明の特許請求の範囲(以下「訂正特許請求の範囲」という。)第1項

本体側内芯部と先端側内芯部とによって内芯を形成するとともに、該内芯の略全体を被覆部によって被覆してなるカテーテル用ガイドワイヤにおいて、本体側内芯部と先端側内芯部のうちの少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって形成するとともに、被覆部の外径を長手方向に同一とすることを特徴とするカテーテル用ガイドワイヤ。

4  審決の理由

別添審決書写の理由記載のとおりである。

5  審決の取消事由

本件発明の特許請求の範囲第1項は、本件訂正審決の確定により、上記2から上記3のとおり言訂正された。

本件審決は、上記2に記載されたところに基づいて本件発明の要旨を認定しているから、本件審決は結果的に発明の要旨認定を誤ったことになる。そして、本件審決はこれを前提として、特許請求の範囲第1項を「本体側内芯部と先端側内芯部の少なくともいずれかを超弾性金属体によって形成する」とした本件補正が明細書の要旨を変更するものであるから、特許法40条(平成5年法律第26号による改正前のもの、以下「旧40条」という。)の規定により、本件発明の出願日は本件補正時の平成元年11月24日とみなされるとした上で、本件発明が同日より前に頒布された刊行物である昭和60年特許出願公開第63066号公報に記載された発明であるとして無効と判断した。

しかし、本件訂正審決の確定により、上記要旨変更とされた補正部分は全て削除されたところ、訂正の効果は出願時に遡及し、特許請求の範囲第1項は出願当初から上記3のとおりであり、これにより設定登録までの所定の諸手続が進められたものとみなされることになった。

よって、本件審決は、本件発明の要旨の認定を誤った結果、本件補正により明細書の要旨が変更されたものと誤認して本件発明を無効としたものであるから、違法であって、取り消されるべきである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし4の事実は認め、同5は争う。

2  被告の主張

(1)  訂正特許請求の範囲第1項は、本願書に最初に添附した明細書に記載の特許請求の範囲(以下「当初特許請求の範囲」という。)を増加させるものであり、また、この増加は、願書に最初に添附した明細書又は図面(以下「当初明細書」という。)に記載した事項の範囲内における増加ではない。

すなわち、当初特許請求の範囲第1項は、「本体側内芯部と先端側内芯部とを、一体化し、両内芯部の全長を被覆部によって被覆し、比較的剛性の高い本体部と比較的柔軟な先端部とからなるカテーテル用ガイドワイヤにおいて、両内芯部のうちの少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって形成するとともに、被覆部を長手方向に同一外径の合成樹脂体によって形成し、一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を、先端部に備えることを特徴とするカテーテル用ガイドワイヤ。」である。当初特許請求の範囲第1項と訂正特許請求の範囲第1項を対比すると、訂正特許請求の範囲第1項では、当初特許請求の範囲の必須の構成要件とされていた「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を、先端部に備える」の要件が削除されている。特許諸求の範囲における構成要件の削除は、特許請求の範囲を拡張することになることは明らかである。そして、当初明細書には、「一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を、先端部に備える」の構成要件を削除した発明については記載されていない。

さらに、訂正特許請求の範囲第1項では、当初特許請求の範囲第1項の構成要件となっていた、<1>本体側内芯部と先端側内芯部とが一体化されているという要件、<2>両内芯部の全長が被覆部によって被覆されているという要件、<3>比較的剛性の高い本体部と比較的柔軟な先端部とからなるという要件、<4>被覆部が合成樹脂で形成されるという要件がいずれも削除されている。これによって、訂正特許請求の範囲第1項には、(a)本体側内芯部と先端側内芯部とが分離しているカテーテル用ガイドワイヤ、(b)両内芯部の全長が被覆部によって被覆されていないカテーテル用ガイドワイヤ、(c)本体部と先端部が同じ剛性あるいは柔軟性を有するカテーテル用ガイドワイヤや比較的柔軟な本体部と比較的剛性の高い先端部とからなるカテーテル用ガイドワイヤ、(d)被覆部が合成樹脂以外の材料で形成されているカテーテル用ガイドワイヤが含まれることになったが、これらは、いずれも当初明細書に記載されていない。

したがって、訂正特許請求の範囲第1項は、当初特許請求の範囲第1項の上記<1>ないし<4>の要件を削除したことにより当初特許請求の範囲第1項を拡張するものであり、またこの拡張は、当初明細書に記載した事項の範囲内における拡張ではない。

そうすると、本件補正は、やはり明細書の要旨を変更するものであるから、本件発明の出願日は、依然として平成元年11月24日である。

(2)ア  訂正審判は、「願書に添附した明細書又は図面」を訂正するものであり、出願公告をすべき旨の決定の送達前に提出した手続補正を訂正するものでも、出願公告をすべき旨の決定の送達前になされた手続補正をないものとするものでもないことは、特許法126条1項の規定から明らかである。

これは、訂正審判によって、特許請求の範囲がどのように訂正されたとしても同様である。したがって、訂正特許請求の範囲が当初明細書に記載した事項の範囲内のものであったとしても、特許法旧40条の規定によって、本件特許の出願は、本件手続補正書を提出した時にしたものとみなされる。

イ  無効にした特許に係る特許権が再審により回復した場合又は拒絶をすべき旨の審決があった特許出願について再審により特許権の設定の登録があった場合には、特許法175条の規定が設けられ、当該審決が確定した後再審の請求の登録前に善意に輸入し又は日本国内において生産し若しくは取得した物等について、救済の規定が設けられている。

一方、特許法79条(平成5年法律第26号による改正前のもの、以下「旧79条」という。)によれば、特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際(旧40条の規定によりその特許出願が手続補正書を提出した時にしたものとみなされたときは、もとの特許出願の際又は手続補正書を提出した際)現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権(先使用による通常実施権)を有しており、上記特許権が存在していても発明を実施することができるとされているが、上記先使用による通常実施権の規定には、出願の時が変更され、先使用による通常実施権が消滅したときに、出願の時が変更される前に先使用権による通常実施権を有していた者を救済する規定は設けられていない。

このような救済規定が設けられていないということは、特許権の設定の登録があった後には、出願の時の変更がなされることがないということが前提となっていることにほかならない。すなわち、もし、特許法が、出願の時が、変更されることがあることを予定しているのであれば、特許法175条と同様に救済の規定がなければ、同条とのバランスがとれない。

このことからみても、特許法旧40条の規定により願書に添付した明細書又は図面について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものと特許権の設定の登録があった後に認められ、その特許出願は、その補正について手続補正書を提出した時にしたものとみなされる場合、みなされた出願の時が変更されることはない。

ウ  したがって、本件発明の出願日は、本件補正がされた平成1年11月24日であって、審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

本件審決は、同2記載の特許請求の範囲第1項に基づいて、本件発明の要旨を認定し、特許請求の範囲第1項を「本体側内芯部と先端側内芯部の少なくともいずれかを超弾性金属体によって形成する」とした本件補正が「本体側内芯部のみを超弾性金属体によって形成した(カテーテル用ガイドワイヤ)」を包含することを理由に明細書の要旨変更に当たるとし、本願書提出後、本件補正前に頒布された刊行物である昭和60年特許出願公開第63066号公報に記載された発明と認定したものである。しかしながら、前記争いのない事実によれば、本件発明の特許請求の範囲第1項は、出願当初から、「本体側内芯部と先端側内芯部のうちの少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって形成する」と訂正されたものとみなされるから(特許法128条)、本件審決は、結果的に本件発明の要旨の認定を誤り、これに基づき本件補正が明細書の要旨を変更するとしたものというべきであって、この誤りが、審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

2  もっとも、被告は、特許法旧40条の規定により願書に添付した明細書又は図面について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものと特許権の設定の登録があった後に認められ、その特許出願は、その補正について手続補正書を提出した時にしたものとみなされる場合、みなされた出願の時が変更されることはないと主張する。

しかしながら、同法旧40条は、出願公告決定謄本送達前になされた手続補正が却下されずに、補正後の発明につき特許権の登録があった後、特許無効の審判及びその審決取消訴訟等の手続において、事件を担当する特許庁審判官又は裁判所が上記補正を要旨変更であると認定するときは、出願日が手続補正書提出時に繰り下がったものとみなして当該発明の特許要件を判断し、これにより事件が処理されることを示すに止まり、いったん上記のような手続補正があれば、またはそれが要旨変更と認められれば、以後の訂正審判の審決の確定による上記要旨変更部分の削除にもかかわらず、確定的に出願日繰り下げの法律効果が生じ、これを動かすことができないことまでを規定したものではないと解される。したがって、本件において同条を適用する余地はない。

この点に関し、被告は、特許法175条との対比上、同法旧79条に救済規定がないことをその主張の根拠とする。しかし、同法175条は、再審の前後を通じて発明の要旨が同一であることを前提としているのに対し、同法旧79条の括弧書は、発明の要旨が変更されることを前提とする規定であって、両者は異なるものである。すなわち、同法旧79条の場合については、発明の要旨変更に係る補正部分が訂正審判の審決の確定により全て削除されたならば、出願当初の明細書の特許請求の範囲に記載された発明のみが効力を有していることになるから、同法旧40条を前記のように解したとしても、手続補正による明細書の要旨変更によって発明の技術的範囲内に取り込まれた発明について手続補正時の先使用による通常実施権を有していた第三者等の権利を不当に害する結果は生じないことは明らかである。以上のとおり、同法175条の場合と同法旧79条の場合とは、第三者の権利に与える影響がそもそも異なるというべきであるから、両者を同一に論じる被告の主張は失当である。

3  また、被告は、本件補正によって削除等された他の個所について、明細書の要旨を変更するものであると主張する(被告の主張(1))。

しかしながら、本件審決は、上記箇所については、発明の要旨を変更するものであるか否かを認定判断していないことは明らかであり、そうである以上、上記個所については本訴における審理の対象となるものではないから、上記個所の存在は、審決の誤りが、審決の結論に影響を及ぼすとの前記認定判断を左右するものではない。

4  以上のとおり、本件審決は違法であって取消しを免れない。

よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日・平成10年3月5日)

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

平成6年審判第16814号

審決

埼玉県浦和市元町2丁目24番11号

請求人 ハナコメディカル 株式会社

東京都台東区台東1丁目27番11号 佐藤第2ビル5階501 中島特許事務所

代理人弁理士 中島幹雄

東京都渋谷区 ヶ谷2丁目44番1号

被請求人 テルモ 株式会社

東京都港区虎ノ門1丁目19番14号 邦楽ビル7階 田中宏特許事務所

代理人弁理士 田中宏

上記当事者間の特許第1664871号発明「カテーテル用ガイドワイヤ」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する.

結論

特許第1664871号発明の特許を無効とする。

審判費用は.被請求人の負担とする.

理由

1. 手続の経緯

本件特許第1664871号は、昭和58年6月27日に出願書類が提出(特願昭58-114198号)され、2度の手続補正書の提出(昭和62年12月29日付け及び平成1年11月24日付け)があった後、平成2年2月13日付け出願公告の決定に基づく平成2年5月29日付けの出願公告(特公平2-24548号)を経て、平成4年5月19日に設定の登録がなされたものである。

2. 本件特許発明の要旨

本件特許発明の要旨は、出願公告時の明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「本体側内芯部と先端側内芯部とによって内芯を形成するとともに、該内芯の略全体を被覆部によって被覆してなるカテーテル用ガイドワイヤにおいて、本体側内芯部と先端側内芯部の少なくともいずれかを超弾性金属体によって形成するとともに、被覆部の外径を長手方向に同一とすることを特徴とするカテーテル用ガイドワイヤ。」

3. 請求人の主張

この特許発明に対し、請求人は、下記(1)~(3)の理由により本件特許発明は特許法第29条第1項又は第2項の規定並びに同法第36条第4項及び第5項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許は特許法第123条第1項第1号(改正法(平成5年法律第26号)によれば同法第123条第1項第2号、以下改正法による。)の規定により無効とされるべきである旨主張している。

(1)昭和62年12月29日付け手続補正書(甲第13号証)及び平成1年11月24日付け手続補正書(甲第14号証)は明細書の要旨を変更したものであるから、本件特許の出願日は、それら手続補正書を提出した昭和62年12月29日或いは平成1年11月24日ということになり、その結果、本件特許発用は、その出願前頒布されたこととなる甲第1号証、甲第18号証又は甲第19号証記載の発明と同一であるか、又は同じくその出願前頒布されたこととなる甲第17号証及び甲第19号証記載の発明から当業者が容易に成し得るものである。

(2)仮に前記手続補正書による補正が明細書の要旨を変更しないとしても、本件特許発明は甲第2号証乃至甲第11号証から容易に成し得るものである。

(3)本件明細書には記載に不備がある。

4. 被請求人の主張

被請求人は、本件昭和62年12月29日付け及び平成1年11月24日付け各手続補正書による補正はいずれも明細書の要旨を変更するものではなく、本件特許を無効とする請求人の主張はいずれも理由がないことを主張している。

5. 当審の判断

(1)本件特許の出願日について

請求人は、平成1年11月24日付け手続補正書による補正は、明細書の要旨を変更するものであるから、本件特許の出願日は当該手続補正書を提出した平成1年11月24日に繰り下がることを主張しているので、まずこの点について検討する。

平成1年11月24日付け手続補正書により、特許請求の範囲が補正され、その第1項は「本体側内芯部と先端側内芯部とによって内芯を形成し該内芯の略全体を被覆部によって被覆してなるカテーテル用ガイドワイヤ」において、「本体側内芯部と先端側内芯部の少なくともいずれかを超弾性金属体によって形成していること」とされたが、この点に関する補正が本件の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「本件当初明細書」という。)に記載した事項の範囲内のものであるか否かについて、以下更に検討する。

本件当初明細書の記載事項のうち、先端側内芯部に関する記述について着目してこれをみると、まず「2.特許請求の範囲」においては、「本体側内芯部と先端側内芯部とを一体化し、両内芯部の全長を被覆部によって被覆し、比較的剛性の高い本体部と比較的柔軟な先端部とからなるカテーテル用ガイドワイヤにおいて、両内芯部のうちの少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって形成するとともに、被覆部を長手方向に同一外径の合成樹脂体によって形成し、一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を、先端部に備えることを特徴とするカテーテル用ガイドワイヤ。」(同範囲第1項)と記載され、当該カテーテル用ガイドワイヤは、本体側内芯部はともかく、少なくとも先端側内芯部は超弾性金属体によって形成されていることが明記されている。

次に、「3.発明の詳細な説明」における「Ⅱ発明の目的」においては、「本発明は先端部の柔軟性、復元性が高く、カテーテルおよび血管内への挿入性が良く、安全性の高いカテーテル用ガイドワイヤを提供することを目的とする」ことが記載され(4頁下から4行目~5頁1行目)、

「Ⅲ 発明の構成」においては、「上記目的を達成するために、本発明は、本体側内芯部と先端側内芯部とを一体化し、両内芯部の全長を被覆部によって被覆し、比較的剛性の高い本体部と比較的柔軟な先端部とからなるカテーテル用ガイドワイヤにおいて、両内芯部のうちの少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって形成するとともに、・・一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を、先端部に備えるようにしたものである。」(5頁2行目~12行目)と記載され、「Ⅱ 発明の目的」において提示した発明の目的を達成するために「両内芯部のうちの少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって形成する」ことを発明の必須の構成要件とすることが記載されている。

「Ⅳ 発明の具体的説明」においては、「第3図は本発明の一実施例に係るカテーテル用ガイドワイヤ10を示す断面図、・・・上記内芯11は・・その全体を・・等の超弾性(擬弾性)金属体によって形成している。」(5頁下から3行目~6頁12行目)、また「上記ガイドワイヤ10は、その先端側内芯部11Bを超弾性金属体によって形成していることから、先端部10Bに一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を備えることとなる。」(9頁5行目~10行目)と記載され、前記した特許請求の範囲第1項記載の発明をより具体化した1態様(実施態様項として同範囲第2項に記載のものに対応するものと認められる。)として、本体側内芯部と先端側内芯部の双方を超弾性金属体によって構成したカテーテル用ガイドワイヤについて記載され、「Ⅴ 発明の具体的作用」では、「上記ガイドワイヤ10は、その本体部10Aに座屈強度が比較的大なる弾性ひずみ特性を備えている。・・上記ガイドワイヤ10は、先端部10Bに一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を備えている。したがって、先端部10Bが血管の屈曲部を進行する際に、比較的小さな荷重で容易に大きな曲げ変形を生じ血管壁に損傷を与えることなく、血管の屈曲部の変化に対応して屈曲変形、その復元をくりかえし、血管内をきわめて円滑に進行可能となり、先端部10Bの柔軟性、復元性を向上させることが可能となる。また、上記ガイドワイヤ10は、先端側内芯部11Bを超弾性金属によって形成し、上述のように、先端部10B高い柔軟性、復元性を確保可能としており、被覆部12に従来例におけるようなスプリングを用いる必要がない。」(10頁1行目~11頁1行目)と記載され、上記「Ⅳ 発明の具体的説明」で記載した「両内芯部を超弾性金属体によって構成したカテーテル用ガイドワイヤ」について得られる効果が具体的に示されている。

「Ⅵ 発明の効果」においては、「以上のように、本発明は、・・両内芯部のうちの少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって形成するとともに、・・一定応力の下で比較的大きく変位し、かつ復元可能な弾性ひずみ特性を、先端部に備えるようにしたものである。したがって、先端部の柔軟性、復元性が高く、カテーテルおよび血管内への挿入性が良く、安全性の高いカテーテル用ガイドワイヤを得ることが可能となる。」(13頁12行目~最下行)と記載され、上記特許請求の範囲第1項記載の両内芯部のうち少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって構成されたカテーテル用ガイドワイヤについて得られる効果について説明されている。

「4. 図面の簡単な説明」及び「図面」では、従来例に係るカテーテル用ガイドワイヤを示す断面図(第1図)、第1図の要部を拡大して示す断面図(第2図)、本発明の一実施例に係るカテーテル用ガイドワイヤを示す断面図(第3図)とその特定部位の断面図(第4図)、本発明の変形例における第4図に相当する断面図(第5図)、超弾性金属体および一般の弾性金属体の応一ひずみ線図(第6図)及び本発明の変形例に係るガイドワイヤを示す断面図(第7図)が記載されている。

以上を総合すると、本件当初明細書には、本体側内芯部と先端側内芯部とを一体化し両内芯部の全長を被覆部によって被覆したカテーテル用ガイドワイヤにおいて、両内芯部のうち少なくとも先端側内芯部を超弾性金属体によって形成し、それにより、先端部の高い柔軟性、復元性を達成することができ、さらに任意事項として本体側内芯部をも超弾性金属体で形成し、その場合はこれに付加する効果として座屈強度が比較的大なる弾性ひずみ特性を本体部に備えるものが得られることが記載されていると認められるが、それ以上に、

「本体側内芯部のみを超弾性金属体で形成したカテーテル用ガイドワイヤ」については、本件当初明細書を精査するも、その開示を見出すことは全くできない。

したがって、この場合を包含せしめることとなる「本体側内芯部と先端側内芯部の少なくともいずれかを超弾性金属体によって形成する」とする特許請求の範囲の補正は、本件当初明細書に記載した事項の範囲内のものと解することはできず、したがって当該補正は明細書の要旨を変更するものと認めざるを得ない。

そして、当該手続補正書は、本件についての出願公告決定謄本の送達前に提出されたものであることは明らかであるから、特許法第40条(平成5年法律第26号による改正前のもの)の規定により、本件特許の出願日は当該手続補正書が提出された平成1年11月24日ということになる。

(2)無効理由の存否について

請求人は、その理由の1つとして、本件特許発明はその出願前頒布された刊行物である甲第18号証(特開昭60-63066号公報)に記載された発明であるから本件特許は特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであることを主張しているので、以下この点について検討する。

本件出願前頒布された刊行物である甲第18号証には、やはりカテーテル用ガイドワイヤに関する発明が記載され、その特許請求の範囲第1項によれば、当該カテーテル用ガイドワイヤは、「本体側内芯部と先端側内芯部とによって内芯を形成するとともに、内芯の全体を合成樹脂体からなる被覆部によって被覆し、比較的剛性の高い本体部と比較的柔軟な先端部とを有してなるカテーテル用ガイドワイヤにおいて、本体側内芯部と先端側内芯部の少なくとも一部を超弾性金属体によって形成した」構成を有していることが記載されている。そして、被覆部はその外径が先端部と本体部において実質的に等しい態様がとりうることも明示されている(特許請求の範囲第3項、3頁左下欄5~6行、7頁右上欄5~8行)。

本件特許発明と甲第18号証記載の発明とを対比すると、本件特許発明における「被覆部の外径を長手方向に同一とする」ことは、甲第18号証記載の発明における「被覆部はその外径が先端部と本体部において実質的に等しい」に対応した同一事項の別表現と認められるので、上記2.で要旨認定した本件特許発明の各構成要件である、1)本体側内芯部と先端側内芯部によって内芯を形成すること、2)該内芯の全体を被覆部によって被覆していること、3)本体側内芯部と先端側内芯部の少なくともいずれかを超弾性金属体で形成すること、4)被覆部の外径を長手方向に同一とすること、のそれぞれは、いずれも甲第18号証に記載されていると認められ、したがって、本件特許発明は甲第18号証に記載された発明と認めざるを得ない。

6.結び

以上のとおりであるから、本件特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであり、請求人の主張する他の理由について検討するまでもなく、同法第123条第1項第2号の規定により、無効とすべきものである。

また、審判に関する費用については、特許法第169条の規定で準用する民事訴訟法第89条の規定により、被請求人の負担とすべきである。

よって、結論のどおり審決する。

平成8年11月7日

審判長 特許庁審判官 柿崎良男

特許庁審判官 田中穣治

特許庁審判官 赤坂信一

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